小説
□人外赤司
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「…?」
クスクス、と笑い声がした気がして、後ろを振り向く。そろりそろりと、まるでスローモーションのようだったが、それもその筈。
今は、部室には自分だけ…つまり、黒子だけしかいないのに、扉側でもない。ロッカーの中、あるいはロッカーの前から声が聞こえたのだ。
空耳か、または幽霊か。
黒子の頭の中に二択が浮かぶが、幽霊の存在を信じていない自分からしては、前者の方がありがたい。そして、最後は勢い良く振り向く。
がらん。
やはり、誰もいなかった。内心ホッとしつつも、幽霊なんかあるわけがないのだ、と自分に言い聞かせた。
さて、練習着に着替えようかと視線を前に戻した時だった、黒子は目を見開く。
「やぁ、人間。オレを空耳扱いとは随分のことじゃないか」
「!…ぇ、と…っ!?」
理解が追いつかなかった。ホラー映画や、小説でよくあるパターンの一つ、後ろを振り返った後に前を向くと、いる。
そのパターンを今、自分で再現してしまった。正直、声も出ない、息も出来ない。一瞬だけれど、とても長く感じた。
目の前の相手を一瞥するものの、人間のそれとなんの遜色もない。もしかしたら、物凄く影が薄いだけなのかもしれない(先輩達がいたら、それはお前だと言われそうだ)。黒子は影が薄い。それも、先程記述した"物凄く影が薄い"部類に入る。
だからなのか目の前の人物が同類だった場合、嬉しいような哀れなようなで色々な感情が入混ざるが、どうもこの登場の仕方は心臓に悪い。
今度から気を付けようと心で誓う黒子だったが、相手は未だに黒子がフリーズしていると思ったのだろう。フン、と鼻を鳴らし明らかに見下す態度をとった。
「全く…人間とはつまらない生き物だよ」
「実はボク、人間じゃないんです」
「なんだ、そうなのか?」
「いや、冗談ですけど。」
「あぁ、知っているさ」
「…からかいましたね?」
「先にからかってきたのは御前じゃなかったか?」
軽い冗談を挟みながら、目の前の人物と話す。話して、あぁ、中々フレンドリィな人ではないか。と黒子は心の内で思った。だが、さっきの会話からこの人はやんわり人間じゃないと言っていた。
いや、人間だけど、黒子をからかっているのならば別だが。
「君は一体何者ですか?」
「オレ?……人ではありません」
「冗談はよしてください」
「本当の事なのに?」
「いえ、ボクは君に何者かを尋ねたんですから、人でないなら人でないで、ちゃんと自己紹介をして欲しいと、お願いしています」
目の前の人物は、一瞬きょとり、としていたが、言葉が飲み込めたのだろう。今度はくすりと笑みを零した。
黒子から見て、目の前の人物の印象はと言えば、美形。の一言に尽きる。
今まで見た誰よりも綺麗で、艷めいてる赤色の髪にそれをより美しく濃い色にした瞳。彼から発せられる声は高過ぎず、低過ぎず…聞いていて心地良い。そんな、美形が目の前で笑っているという事実に、若干ときめかなくもないが、相手は男。そして、自分も男。
黒子はぶんぶんと頭を振り、目の前の男に対してのときめきを打ち払った。
「それで、君のお名前は?」
「そうだな……オレはアカシ。アカシという名を貰った。」
アカシ。何だか良くある名前の気がするが、それはあくまで、名字の方の話だ。アカシ君、では下の名前は?と考える黒子だったが、それを見透かしたようにアカシは話始めた。
「オレ達には元々名を付けるという習慣はなくってね。まぁ、呼び合う時は番号や記号で表していた。無駄に長いよりはマシだと思うけどね?あぁ…で、まとめると。別にアカシだけがオレの呼び名じゃあない。だから好きに呼んでくれて構わないよ、ということだ」
珍しく饒舌なアカシに、黒子はうぐ、と言葉を詰まらせた。つまりは『初めて付けて貰った名前を気に入っているから、別の名前を付けたら承知はしないぞ』ということだろう。人間観察を趣味としている黒子は、言葉では騙っていても表情ではそう語っていると、本能的に悟った。
「そんな威圧感を出さなくても…、いいです。なら、アカシ君と呼びましょうか」
「……ほぅ。聡明な人間は好きだよ、オレは」
「わぁ、アカシ君に好かれた!感激ですー」
「棒読みじゃないか」
アカシが黒子を軽く叩く。いや、叩こうとしたが、失敗に終わった。アカシの手は黒子をすり抜け、だらんと、何にも触れることはなく、落ちた。
沈黙が続く。この沈黙の中で、黒子はアカシが人外的ななにかなんだ、とやっと実感をしていた。アカシの腕が通ったにさては、未だにとりはだが絶えない。透けた瞬間、悪寒が走ったのだ。黒子は無意識に自分の腕をさすった。
その様子を見ていたアカシは、少し寂しそうに「オレが怖いか」と、呟いた。
……怖いわけではないのに。
黒子は違う、と口に出そうとしたが、思わず噤む。アカシは、こうしてたまに、自分を“視える”存在にあっては、気持ち悪がられてきたのではないだろうか、と。
考え過ぎならそれでいいが、事実だったら?
(それは、とても悲しい事じゃないか)
こんなに優しいのに、話したいだけかもしれないのに、拒絶される。
それはとても悲しい事だと黒子は言う。
ならば、この目の前にいる悲しい人をどうしたら自分は傷付けずに済むのだろうか?黒子は考える。
「……アカシ君、君は優しい人なんでしょう?
傷付きたくないから、そうやって驚かせて…自分の事を視える人達を、遠ざけて…、意地悪な事も言って。だから、ボクは決めました
アカシ君のお友達になります」
「……は?」
アカシは素っ頓狂な声を出し、呆気にとられる。この、久々に出会った人間は何て言っただろうか、と。
かつてに会った人間は、アカシと名付けた一人を除き全員自分の事を気味悪かったり、面白がったりしたというのに。
−友達だって?
「ふ、あは、あははは…っ」
勝手に笑いがこみ上げてくる。黒子は、そんなアカシを驚いたように目を見開いて凝視するも、つられる様に笑い始めた。
(本当に、おかしな人間だな……)
2人の笑い声は、夜の誰も来ない部室に響き渡った。
「御前となら、少しは暇つぶしが出来そうだ……いいだろう、なってくれ。オレの初めての“お友達”とやらに」
「えぇ、もちろん。後悔はさせません」
こうして、人間の黒子テツヤと、人外のアカシの日々は始まった。